シャネルは1910年パリのカンボン通りに「シャネル・モード」を開店させ、その後オートクチュールコレクションを発表し、今もファッション界の女王として君臨し続けています。

女性が夢見るこのブランド!どうやって手に入れる?

シャネルとは

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1883年、フランスオーベルニュ地方で、ガブリエル・シャネル(ココ・シャネル)は誕生します。
1895年母の死後、姉と共に孤児院に預けられます。
その後、寄宿舎に送られ、カフェ・コンセール「ラ・ロトンド」で歌手となります。
その後、カフェの歌手を目指しますが挫折し、お針子の仕事をしていた経験を活かし、エティエンヌ・バルサンの支援で、パリ・マルゼルブ大通り160番地のアパルトマンで帽子店を開店させます。
その後、イギリス人青年実業家アーサー・カペルと出会い恋人となり、1910年カペルの出資でパリのカンボン通りに「シャネル・モード」を開店させます。
当時、コルセットにドレス、華やかで大きな帽子を合わせるスタイルが貴族の間で主流となっていましたたが、ココ・シャネルの帽子はシンプルで美しく、当時の女性たちから支持され、パリ随一の人気店となります。
1913年、フランス郊外のドーヴィルにモードブティックを開店し、今も世界中で愛され続けているマリンスタイルの原型となった服やニット、ジャージ素材の服など、実用的なスタイルの衣類の販売を始めます。
1915年には、オートクチュールコレクションを発表し、ジャージ素材のドレスを世に送り出します。
カペルからの借金も返し終わり、事業として軌道に乗りますが、1919年恋人カペルが自動車事故で逝去します。
しかし、シャネルの活動は衰えることなく、1921年に代表的な香水No.5を発表します。
その後、リトルブラックドレスを発表し、欧米では女性の必需品となります。
1939年、第二次世界大戦と同時に香水とアクセサリーの店舗以外を全て閉鎖し、約3000人の従業員を解雇します。
フランス解放後は、ドイツ人軍将校と愛人関係にあったので、売国奴と非難され、スイスで逃亡生活を送ります。
15年もの空白の時間を経て、1954年に閉鎖していた店舗とオートクチュールコレクションを復活させます。
復帰後、特にアメリカの女性たちに受け入れられ、「シャネル・スーツ」がブレイクします。
その後、パリの人々にも認められ、本格的にシャネルブランドが復活していきます。
フェミニンなイメージが強いシャネルブランドですが、流行とは時代遅れとなり、美しいだけの服だと忘れられやすいとシャネル自身が述べています。
彼女は、時代を超えて普遍的なスタイルを確立させることが重要だと確信していたのです。
1954年パリで88歳にして急死しますが、亡くなる前日まで準備していたコレクションは大成功をおさめました。
シャネルは、貴族社会から戦後復興までの時代を、波乱に満ちた人生を送り、古い価値観に捉われない女性像を求め続けたファッション界の女王は、今も世界で君臨し続けています。

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