クリスチャン・ディオールは、1946年オートクチュールメゾンを設立し、1947年から1957年に渡り、ファッションの黄金時代を築き上げましたか。

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クリスチャン・ディオールに関して

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1905年フランスノルマンディー地方のグランヴィルで実業家の家に生まれ、一時パリの政治学院で学びますが、芸術に対する興味があり、その後、デザインの仕事をして生計を立てていきます。
生家はクリスチャン・ディオール博物館となり今も現存しています。
親からの出資を元に、アートギャラリーを始めますが、財政的な問題によりギャラリーを閉鎖します。
その後、ファッションデザイナーとなり、1946年、綿のファブリック王といわれたマルセル・ブサックの援助を支えに、オートクチュールメゾンを設立し、自身のブランドを確立します。
翌1947年、細く絞ったウエストとゆったりとしたフレアスカートという、贅沢に布を使ったライン「ニュールック」を世に送り出し、その後の1957年まで世界的名声を博します。
この時代、特にオートクチュールが繁栄し、ファッションの歴史において重大な10年でありファッションの黄金時代だと、ディオール自身が後に述べています。
しかし、1957年の彼の死により、黄金時代は幕を閉じます。
ディールは、ラインを重視しており、コレクションごとに様々なラインを発表しています。
ジグザグライン、パーティカル・ライン、オーバル・ライン、シニュアス・ライン、チューリップ・ライン、Hライン、Aライン、Yライン、アローラインがあり、後世のファッションに多大な影響を与えています。
1948年には香水部門である「パルファン・クリスチャン・ディオール」を設立しています。
企業としてのディオールは、現在ルイ・ヴィトンのグループ会社LVMHに属しており、皮革品や宝飾品、時計、コスメ、香水、服飾品などを扱っています。
店舗は世界大都市のほとんどに展開しており、日本では1964年にカネボウが独占契約を結び生産を開始しました。
今は全国のデパートに店舗や東京表参道、銀座、大阪心斎橋、神戸旧居留地に店舗を展開しています。
以前はライセンス販売が行われており、服飾品や化粧品以外にも、ストッキングやゴルフウェアなども製造されていました。
1946年に創業しますが、52歳にして逝去したため、その後は、企業として受け継がれていくことになります。
イヴ・サン=ローランがディオールの死後、主任デザイナーに抜擢されトラペーズラインという台形のラインを発表し、ディオール社の財政危機を救います。
パリやロンドンだけでなく、1957年、アメリカのファッションの「求められた独裁者」とTIME誌により評されます。
黄金時代といわれた10年間で、ファッション界に革命をもたらし、戦後のアメリカ繊維産業を再び活気づけました。

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