ルイ・ヴィトンは、パリにつくられたキャンバス地で覆う軽量のトランクを制作する工場から始まり、世界の一流ブランドに成長しました。

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ルイ・ヴィトンに関して

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世界の高級ブランドとして人気が高いルイ・ヴィトンは、ブランドとしての価値も高く永い間多くの人々に愛され続けています。
1821年、創始者であるルイ・ヴィトンは、キャンバス地で覆う軽量のトランクを制作する工場をパリに作ります。
その後、パリに旅行用かばんの専門店を開店させ、2代目ジョルジュが生まれます。
ルイの作るトランクは、平らな形をしていたので、当時の移動手段であった馬車の後ろに積み重ねることができました。
また、「グリ・トリアノン・キャンバス」という防水加工が施されたトランクで、当時のトランクと比べると機能性がとても優れていたのです。
無一文に近い状態で家を出てパリに辿りついたルイは、荷造り職人に弟子入りし、その後、フランス一番といわれる職人に成長し、皇族や富裕層の人々が顧客となり発展していきます。
1867年万国博覧会で受賞し、世界的な評価を得ることになります。
1878年の万国博覧会で、ルイは初めて日本文化を知ることになります。
日本の美しい文化の数々に西洋の人々は大きな衝撃を受けました。
当時活躍していたゴッホやセザンヌ、ルノワール、モネといった著名な画家たちも、浮世絵などの日本文化の影響を受けています。
ジャポニズムブームが旋風する中、ヴィトン社はロンドンに進出しビジネスを拡大していきます。
そして1889年のパリ万国博覧会で金賞を受賞し、存在を不動のものにしていきます。
しかし、人気が高くなる一方、コピー商品が世の中に出回るようになります。
2代目ジョルジュの代になると、さらに企業規模が拡大され世界的企業に拡大していきます。
相変わらずコピー商品が出回っていたため、ジョルジュは家紋をアレンジしたデザインである「モノグラム」を生み出し、コピー品と区別するよう試みました。
市松模様の影響を受けた「トアル・ダミエ」も生み出されており、これらはジャポニズムの影響を受けているといわれています。
戦後、店舗数が減少した中で、1978年に日本支社が設立され本格的に進出します。
海外旅行ブームも起こっていた日本に進出した後は、日本との関わりを深めていきます。
1981年銀座に直営店をオープンさせ、香港や北京に出店、シャンパンメーカーであるモエ・ヘネシー社やクリスチャン・ディオール、フェンディ社と合併し、世界的なブランド企業として確立していきます。
1998年になると、マーク・ジェイコブスをデザイナーに起用しファッション界に進出し、プレタポルテや靴のコレクションを発表し、日本人デザイナー村上高氏とのコラボレーションやカジュアルシリーズの発表など、常に新たな試みが行われる世界の一流ブランドとなっています。

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